むかしばなし

中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描

中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描

■ヨーロッパ中世の社会史研究における草分け的存在の阿部謹也氏が亡くなられたそうだ。高校のときこの人の本との出会いがなかったら、たぶん自分は歴史学の世界に入ってくることはなかっただろう。当時は美術系への進学を考えていて、そういう興味関心から中世ヨーロッパの木版画が挿絵としてふんだんに挿入された阿部氏の『中世を旅する人びと』を手にとったのだった。当時の自分には正直いって難解だったけれど、ライトノベルに見られるような「中世ヨーロッパ風」ファンタジー小説の世界観とはかけ離れた世界観に非常に強い印象をうけたことを覚えている。
社会史とは何か

社会史とは何か

人文系の学部に進学してからも、専攻を西洋史にしようか東洋史にしようかあれこれ悩んでいたときに、やはり手にとったのは阿部氏の『社会史とは何か』だった。ヨーロッパ中世のどろどろした暗黒の雰囲気、欲望や差別が渦巻く薄汚い、しかしそれゆえに豊穣で濃密な民衆の意味世界というものがそこにはあって、そういうものにたまらなく惹かれて、ヨーロッパ中世史専攻に決めたのだった。思えばその後、中世の異端研究にはまり、そこから異端つながりで、カタリ派やヴァルドー派よりももっと徹底している(かに見えた)宗教改革期の再洗礼派、しかもその「最左翼」といわれたフッター派で卒論、修論を書くことになったのも、いちばんはじめにヨーロッパ中世の民衆世界のあの独特の雰囲気に魅せられてしまったということがたいへん大きかったからだ。その最初の刺激を与えてくれた方がなくなった。ご冥福をお祈りします。