「はじまりの居場所」のためのレクイエム


山形市でフリースペースを運営している身として、言及を避けられない大きな出来事があった。県内初の民営通所型フリースクールとして2001年に開設されたフリースペースSORA(2003年度よりフリースクールSORAと改称)が、この6月で活動を停止。団体解散が決定した。個人的には、設立当初からフリースクール開設の運動に関わり、2年間その代表として運営に携わってきたこともあり、他人事とは思えない。幾つか思っていることを言語化したい。
ご存知の通り、ぷらっとほーむの運営者である滝口と鴾田は、かつてフリースペースSORAの開設・運営に中核的なポジションで関与していた。居場所づくりの目的・対象・方法論の面でぷらっとほーむは、フリースペースSORAとは微妙な違いはあるが、基本前提そのものはSORAのそれを継承しているし、スタンスが異なる部分も、そもそもはSORAでの実践の中で感じた違和感を形にしたもの。SORAという活動からの恩恵は計り知れない。
もともと私たちがSORAを離れたのは、多様な居場所を地域に構築していこうという構想ゆえのことである。たったひとつの居場所で地域の不登校・ひきこもり児童生徒の多様なニーズを満たすことは不可能。そのことを活動の中で実感した私たちは、2年前、「ひとつの居場所づくり」から「複数の居場所づくり」へと、活動コンセプトを転換。かくして、複数の居場所を地域に構築することでリスク分散していくという、居場所づくりの第二段階がスタートした。
具体的には、2003年以降がこの第二段階にあたる。山形市内では、フリースクールSORA、NPO法人発達支援研究センター、そしてぷらっとほーむが民間サイドの活動を開始。行政サイドでも「ひきこもり地域ケアネットワーク事業」(ぷらっとほーむも関与)が、村山保健所を中心に始まった。県内全域で見ても、この時期に幾つかのフリースペースが民間/行政にまたがって創設されている。居場所がひとつも存在しなかった3年前からすれば、隔世の感がある。
強調しておきたいのは、これらのほぼ全てが、SORAという実践/実験と何らかの関連をもち、それを批判的に継承・超克するべく生成してきたものだということだ。私たち自身がそうだし、他も多かれ少なかれそうだ。その意味で、SORAはパイオニアだった。第二段階の現在、そのパイオニアとしての役割を果たし終えた結果が、この度の解散だと私は解釈したい。これまでSORA開設・運営に携わってこられた全ての皆さん、本当にお疲れさまでした。*1

*1:『ぷらっとほーむ通信』015号(2004年07月)