『これが わたしの、いきるみち。』


「自由なライフスタイルとかあなただけのかけがえのない人生とか人は言うけれど、そんなものは(都会でもない)山形じゃどうせムリだし、(権限も資金もない)若い世代にはできるわけがない。だから、私たち山形の若年世代には年長世代の敷いたレール(良い学校、良い会社、良い人生)の上をただ歩くだけの歯車みたいな取り替えのきく生きかたしかできないのだ」。
子ども・若者の居場所「ぷらっとほーむ」を山形市内で運営し、若い世代と関わる中で、よくそんな声を耳にする。不登校やひきこもり、フリーター、自殺や自傷など、社会から「降りる」若年世代の現象と、このことは確実に連関している。そこにあるのは、あらかじめいろんな可能性を閉ざされ、ただ生きづらさや息苦しさの中に入っていくしかないことへの圧倒的な無力感だ。それは七〇年代以降に生まれた世代の多くがどこかで共有する感覚でもある。
だが待て。山形という場は本当に、若者が自分で自分の生きかたを選択したり決定したりできないところなのだろうか。「ぷらっとほーむ」ではそうした問いへの一つの返答として、山形の若年情報誌『これが わたしの、いきるみち。』を発行した。県内各地でさまざまなジャンルで、従来の型や枠組にとらわれないユニークな取り組みや生きかたを実践する十五人の若者たちを取材したインタビュー集である。
例えば、田舎の街で「面白いことがない」と人々が嘆く中、「それなら自分たちで面白くしていこう」と手作りでミニFM放送局やカフェ、牧場を創設し運営する若者たち。または自らが惚れ込んだ自主映画やチギリ絵、アフリカ音楽、野菜料理、芸術教育、しな織など、表現の楽しさや感動を周囲に伝えるべく、そのしくみを模索する若者たち。共通しているのは、選択肢を自分で創るという姿勢だ。
あるいは、より公共的な領域で市民活動に関わる者もいる。例えば、環境運動の拠点としてユースホステル、地域福祉の拠点として作業所、不登校・ひきこもり支援の拠点としてフリースペース、NPO支援の拠点としてNPOセンターをそれぞれ運営する若者たち。または有機農業で独立自営を目指す若者たち。市民的公共性の新たな空間がここでは生まれている。どれもこれも県内の若者自身の実践なのだ。
つまりは、たとえ山形であっても若い世代であっても、自由にいろんな生きかたを選択し、社会に関与していくことは可能なのだということだ。まだあきらめることはない。選択肢の多様性は既にこの山形の各地で生まれ始めているし、もしそこに自らの望む選択肢がなければ、彼(女)たちにならって選択肢を創り出してしまえばいい。その意志さえあるなら、私たちはきっとどこへだって行けるのだ。
とはいえ、既存の枠組から外れた取り組みは、山形のような「出る杭が打たれる社会」においては、圧倒的な孤立感を伴うものだ。私自身も既成のレールから外れた場で活動する中、常々孤独や圧迫を感じてきた。だが、取材の過程で、似たような場で試行錯誤する同世代の存在を知ることでどこか安堵できたところがある。「苦しいのは自分だけじゃない」という安心感。だからまた明日もがんばれるのだ。
その意味で本書は、今後の自分の進路に迷い悩む若い世代に対し選択肢の具体例を提示するというだけでなく、既にユニークな取り組みを始めている同世代を応援するという役割をも担っている。だがその目的は未達成だ。収集した若者たちの声は、誰もが簡単にアクセスできるようにならなければ無意味だ。従って、情報誌の流通が今後の私たちの課題となる。若年が自分の生きかたを試行錯誤しながら自己決定できるような自由な社会環境を整えていくこと。本書がそうした果てしない道のりの第一歩になればいい。*1

*1:山形新聞』2004年4月13日・夕刊 掲載