西倉実季 『顔にあざのある女性たち』

顔にあざのある女性たち―「問題経験の語り」の社会学

顔にあざのある女性たち―「問題経験の語り」の社会学

疾患や外傷によって顔に著しい特徴――あざや熱傷、口唇・口蓋裂、円形脱毛症など――をもつ人びとが、日本には約一〇〇万人いるという。顔という身体部位がコミュニケーションの上でもつ社会的重要性を考えると、それがさまざまな生きづらさにつながるであろうことは容易に想像できよう。

しかしながら、その心理的・社会的困難は、医学を除けば研究対象とされずに放置されてきた。それだけではない。日本の世間は、彼らの苦しみに対し、「目が見えない人や手足のない人でも努力して生きているのに/たかが見た目にこだわるなんて」とその訴えを否認してきた。その存在ごと社会的に無視され続けてきたのである。

本書は、そうした境遇に置かれてきた彼/彼女ら――当事者たちは運動を通じて自らを「ユニークフェイス」と命名している――、中でも特に顔にあざのある女性たちに焦点をあて、その苦しみや生きづらさを可視化し、それらをできる限り軽減し、現状を変えていこうという目的のもと、社会学者の著者(山形市出身)が行ってきた研究=実践の集大成である。社会学の多様な諸潮流の中で本書が立脚するのが、構築主義の立場をとるライフストーリー研究法だ。

ライフストーリーとは、人生(ライフ)についての語り(ストーリー)を意味し、インタビューを通じて、個人が過去や現在の経験、未来の出来事などをどのように理解し意味づけているのかを探っていく研究方法である。また構築主義とは、そうした語りこそが社会的な現実をつくり出していくのだとする認識論的立場をさす。問題経験を生きる人びとの主観的リアリティの可視化を試みる本書にとって、とりわけ有効な方法である。

ややもすれば、揚げ足取りの代名詞のように捉えられがちな構築主義社会学。しかしその一方で、自らも社会問題の当事者であることを自認し、社会学にしかできないやりかたでよりましな社会づくりに取り組んでいくような研究=実践も進められている。本書もまたその一例だ。社会学の新たな活用法を知るのに最適の一冊である。*1

*1:山形新聞』2009年11月29日 掲載