『戦争請負会社』

戦争請負会社

戦争請負会社

■読了文献。49冊目。P.W.シンガー『戦争請負会社』。戦争をおこすのは誰か。この問いには「国家」と答えるのが従来の一般的な回答であった。戦争をめぐる知的言説が、国民国家ナショナリズムの分析につながるのも、そうした発想ゆえである。だが、戦争と「国家」の結合は、決して普遍的でも通時的でもない。本書は、この問いをめぐって現代世界で進行中のある世界史的な変化について、刺激的なスケッチを与えてくれる。変化とはすなわち、戦争民営化である。本書によれば、戦争を「国家」の独占事業とする形式が誕生したのは、たかだか400年前のこと。続く数世紀の間、民間軍事部門を機能解除しそれらを吸い上げる形で「近代国家」が発展。そうやって、戦争の公営独占が完成形に達したのが、冷戦(1945−1989年)であった。だが、それは「西欧近代」以外の時代・地域にあっては、何ら自明のものではない。そこには常に、傭兵団や軍事企業家、勅許会社など、私的軍隊の姿があったためである。前近代における「国家」の小ささが、私的な軍事行為の背景だとするなら、当然、ポスト近代における「国家」の縮小もまた、私的軍隊の台頭を促す苗床となるだろう。かくして、冷戦が終わり、暴力装置を抱え込むだけの財政的余裕と思想的根拠を「国家」が喪失すると同時に、安全保障の外注化=民営化が世界中で一気に進行し、あちこちで「民営軍事請負企業」が莫大な利益をあげるようになる。経済のグローバル化もまたそれらを強く後押ししていった。以上の見取図を踏まえ、本書はこの「戦争請負会社」の実態や類型、その社会的機能、利点や問題点などを、豊富な事例をもとに論じていく。興味深いのは、戦争民営化に対する拙速な肯定/否定をともに避け、目を凝らしてその実態と意味とを見極めようとする、著者の姿勢である。軍事国家や軍閥、反政府集団だけでなく、国連やNGOなどもまた「戦争請負会社」の顧客だという記述に触れるとき、私たちは、この問題の複雑さの一端に触れるだろう。戦争や暴力を個人や法人が手にできるようになった現代、私たちもまた、自らの常識を更新するために、本書の冷静さに学ぶ必要がある。