安島太佳由 『訪ねて見よう!日本の戦争遺産』

戦争遺産とは、明治期からアジア・太平洋戦争終結までの間の、日本の戦争に関連する現存の遺跡を指す。その最も有名な例が原爆ドーム(広島)だが、それ以外にも戦争遺跡は日本列島各地に存在している。
本書は、それら列島各地の戦跡を写真と文章とで紹介する戦争遺産入門ガイドブックである。扱われている戦争遺跡はとても多様だ。一本足鳥居(長崎)や松代大本営地下壕(長野)、八紘一宇の塔(宮崎)などユニークな遺跡をはじめとして、沖縄戦野戦病院となったガマ(自然洞窟)、九州各地の特攻隊基地跡、四国・中国に多い人間魚雷「回天」基地跡、本土決戦に備え列島各地の沿岸につくられたトーチカなど、総力戦体制の本質を如実に物語る戦争遺跡の数々が、都道府県ごとに丁寧に紹介されている。山形県からは、若木防空壕東根市神町)が取り上げられている。
本書の見所は何と言っても、フリーカメラマンである著者が一〇余年にわたって撮り続けてきたという戦争遺産の写真群である。そこに写し出された「戦争遺産のある風景」は、それを目にする私たちに、めまいにも似た奇妙な感覚を呼び起こす。これは何か。
戦後日本の人びとは「戦争被害者」という立ち位置を手に入れる代償として、かつて自分たちが「戦争を積極的に受容し支持した」という戦争体験の記憶や語りを抑圧し、意識の底に沈めてきた。戦争遺跡も然り。それらは、「被害」の証明となるものを除けば、その大半が、戦後日本の風景の中で、人びとの視界から排除され忘却され続けてきた。したがって、再びそれらに目を向けるとは、私たちがかつて捨てた半身と再会することを意味する。空間認識を揺さぶられるような奇妙な感覚は、おそらくそこに起因しよう。
戦後日本が終わりを迎えようとしている現在、私たちは「あの戦争」を捉える語彙とまなざしとを刷新していく必要がある。戦後日本の風景の死角を見つめた本書は、そのための格好のガイドとなろう。*1

*1:山形新聞』2009年5月31日 掲載