雛壇の憂鬱。

Salyu Tour 2007 TERMINAL パンフレット

Salyu Tour 2007 TERMINAL パンフレット

■31日(水)。家庭教師3件。居場所スタッフ。
■1日(木)。新聞書評を仕上げる。居場所スタッフ。某公共放送より取材を受ける。小冊子『支援者の不登校 当事者の不登校』の件。
■2日(金)。予備校高等予備科2コマ。その後、大学@酒田へ。W先生の社会学ゼミ。これから春先までの研究の達成目標と進めかたについて。
■3日(土)。家庭教師3件。課題図書が山積。
■4日(日)。家庭教師1件。その後、ご近所さんの旧姓Hさんとともに仙台へ。目的は「Salyu Tour 2007 TERMINAL」@仙台電力ホール。約1年ぶりの再会のわりに、道中の車内は和を重んじる人ネタに終始。開始時間までジュンク堂にて散財。セットリスト:be there/彗星/Tower/体温/故に/name/夜の海 遠い出会いに/landmark/eartquake/鏡/プラットホーム/I believe/風に乗る船/トビラ/Apple Pie/行きたいところ/VALON-1/to U 。2列目スピーカー真前だったので、歌声を「聴く」というよりは「浴びる」といった感じ。前列の若者アベックが何だかやたらに微笑ましくて切なくなった。あの曲がなかったのが唯一の心残り。終了後、Wゼミ2期生の女子の人たちにもちゃんと会うことができて良かった。
■5日(月)。予備校高等予備科2コマ。その後、ひきこもり関係の支援者ネットワーク会議@某保健所に出席。「ぷらほは「不登校・ひきこもりからの回復」をマスター・ナラティヴとするナラティヴ・コミュニティではありません」的な内容をいつものごとく述べる。それに対する精神科医の中の人の「それではあなたがたのマスター・ナラティヴは?」との質問をめぐるやりとりが興味深かった。終了後、反省会(ふりかえり)をかねて、相方の中の人とファミレスへ。その後、フォーラムにて『それでもボクはやってない』を観る。
■6日(火)。家庭教師2件。無計画に借りたレンタルDVDを無理やり観る。
■7日(水)。予備校高等予備科2コマ。居場所スタッフ。家庭教師2件。風邪気味でやや熱っぽい。翌日から東京で研修なのに。昨年同様、体調不良の4日間を過ごすことになってしまうのだろうか。風邪薬を服用の上、就寝。結局、頼まれたパネル発言の準備も、予習してこいと指示のあった文献購読も、全然やらずじまい。それより何より、英会話のお勉強をまったくやらなかったということに凹む。
■8日(木)。朝、山形新幹線で東京へ。目的は「NPO運営研究会議 NPO forum 2007」@オリセン。初日は、日本人参加者のための事前講義と顔合わせ。分科会は「資金調達・団体運営1」。今回の参加国は、ベルギー、デンマークニュージーランド。終了後、いっしょに参加した某居場所スタッフのRくんとその後輩の演劇人Kくんとともに居場所ネタで盛り上がる。
■9日(金)。パネルトーク「各国のNPO事情比較」に、日本人代表として登壇。何を求められているのかよくわからないままに、これまでのネットワーク構築/資金調達の事例を話す。簡単にまとめると「NPO活動を通じて各団体が蓄積しているであろう潜在的な社会関係資源の言語化・可視化・商品化」ということ。パネルトークそれ自体は、全体として散漫な感じで、自分のものも含め、共通テーマの焦点化に失敗していたように思う。各国からそれぞれ2名ずつ登壇していたが、活動領域、活動地域/国、活動規模などの基準にしたがって、相互に比較可能になるような組み合わせで8人を選ぶのでなければ、聴いている側は、その人の話がどの程度の普遍性をもちうるのか判断することもできないし、それらを自らの解釈地図のどこに位置づけていいのかもわからない。対話の中でつい「不登校・ひきこもり」という単語を出してしまったが、この語がどのように翻訳されてどのように外国人参加者たちに伝わったのか、非常に心もとない。終了後、分科会メンバーによる初回ミーティング。ファシリテーションが機能しておらず、翌日からの議論に必要な共通の「足場」は抽出できず。その後、外国人参加者たちとの交流会。パネルトークについて、外国人参加者の中の人から幾つかコメントらしきものをいただいたが、単語が聞き取れず、結局何を言われたのかわからずじまいだった。もどかしい。終了後、某居場所スタッフのRくん、その後輩Kくん、東京都内にある居場所スタッフOさん、Rくんの大学時代のゼミ教授(社会学)Tさんとで、オリセンの近所のアイリッシュ・パブへ飲みにいく。お店に行く途中、六本木ヒルズ表参道ヒルズなどを観光案内していただく。Tさんのご専門は、余暇や地域づくりの研究とのことで、我が師匠とのつながりとかを期待したのだが、そんなに都合のよいつながりは存在しなかった。残念。レジのおねーさん(非メガネ)好感度高し。
■10日(土)。分科会でのグループディスカッションに明け暮れた一日。やはりファシリテーションは機能不全。ファシリテーターの質を保障するようなしくみを事前に準備しなかった事務局には、本気で反省していただきたい。あきれた外国人参加者の人類学系メガネ女子Lさんの問題提起が起爆剤となって流れは生まれるも、それに対する日本人参加者側のカウンターが存在せず、西洋諸国からの一方的な講義――NPOを取り巻く環境分析の手法について――とそれへの質問に終始。彼らからの比較分析の提案に対しても、日本人参加者側に自国のNPO事情に関する共通前提が欠如していることが発覚。あきれた彼らはその場を去り、その後は日本人参加者のみで合意調達のワークショップをすることになる。いろんな意味で不甲斐ない自分に凹みつつも、とりあえず残った日本人参加者4人で翌日のプレゼン準備をする過程が非常に面白かった。パワーポイントを少しだけ身近に感じた。他の参加者の人たちの印象はどうもあまりよくなかったようだが、自分としてみれば、主張が明確で論理が明快で賢明さが滲み出ているようなLさんのような女子の好感度は激しく高い。いろいろ話してみたいことがあって、つたない英会話で話しかけてみたがその後が全然続かず、自分のダメさ加減にさらに激しく凹む。終了後、別の用事でオリセンに宿泊中の某居場所スタッフEさん、元某助成財団スタッフSさん、そしてRくんとともに、新宿の居酒屋へ。居場所談義。オリセンに戻ってからも、夜中かなり遅くまで、Eさん、Rくんと居場所談義。Eさんの発想の予測不可能さに、激しく刺激を受ける。
■11日(日)。分科会ごとの成果発表プレゼン。自分のグループは3番目。途中でパワーポイントが故障するも、アドリブで何とかかんとか済ませる。終了後、全体会を経て、閉会式。その途中、Lさんに感謝の言葉を伝える。お会いできて、お話できてうれしかったです。英語で話せなくてごめんなさい。終了後、Oさん、Rくん、Kくんとで反省会(ふりかえり)を兼ねてお茶&食事。Rくん宅に宿泊させていただくことになり、新宿、大宮を経て、郡山へ。郊外の住宅地。その後、Rくんの部屋にて、夜中遅くまで反省会(ふりかえり)。いちばんショックだったのが「パネルトークで滝口が日本の代表事例だったのは、欧州の先進事例を際立たせるためにわざと日本の失敗事例を選出したということではないか」というRくんの指摘。能天気な漏れは、そんな可能性など微塵も想定できず、その想像力の働かなさに激しく凹んだのでした。そう言われてみれば思い当たることはいくらでも。願わくば、筋書きとして想定されていたであろう「わかりやすさ」が、自分の関与によって少しでも「わかりにくい」ものになっていますように。もう手遅れなんだけど。
■12日(月)。居場所スタッフの支援者アイデンティティ研究のためのインタビュー調査。仮説設定のための予備調査という位置づけで。事前想定が甘かったため、数時間で終わるつもりが、4時間以上にも及んでしまう。変な神経を使った感じで、双方ともに終了後はぐったり。せっかくの休日をまるまる費やさせてしまって、非常に申し訳なく思った。ごめんなさい。内容的には興味深い話がたくさんありすぎて、脳みそがオーバーヒートぎみ。整理するのに時間がかかりそう。とはいえ、これまでの仮説を成り立たせるための条件が新たに幾つか発覚したりもして、そこから何が浮上してくるのか、楽しみでもある。とりあえず、トランスクリプトを作成しなくては。終了後、ラーメンを食べて、郡山駅前で別れる。Rくん、5日間に渡り、いろいろとありがとう。山形新幹線で山形、奥羽本線神町へ。22時過ぎに帰宅。長かった非日常の日々もこれでおしまい。