仲川秀樹 『もう一つの地域社会論』

もう一つの地域社会論―酒田大火30年、「メディア文化の街」ふたたび

もう一つの地域社会論―酒田大火30年、「メディア文化の街」ふたたび

酒田大火の悲劇から三〇年。焼失した中心商店街は、本格化する地方の郊外化とモータリゼーションに追い討ちをかけられ、さらなる地盤沈下を余儀なくされている。しかし、そうした趨勢の中でも失われることなく、現在なお酒田の街に残るものがあるという。それが「メディア文化」である。
「メディア文化」とは、メディアから発した娯楽性の高い文化であり、それを受信・選択した消費者のライフスタイルを意味する。七〇年代の酒田においてメディア文化の基盤となったのが、映画館「グリーン・ハウス」だ。現在のシネコンの先駆けともいえるさまざまなしかけを展開し、地方都市の文化を牽引したこの映画館は、皮肉にも、大火の火元となることで、自身が築いたメディア文化を自ら封印してしまう。しかし、これでメディア文化の灯が消えたわけではない。
メディア文化とは人々の行動様式でもある。「グリーン・ハウス」で人々が培った行動様式は、大火だろうと郊外化だろうと消し去ることはできない。三〇年後の現在、メディア文化を受け継いだ世代が、酒田を「メディア文化の街」として再生させるべく、象徴的な企画を開始した。この新たなメディア文化こそ、本紙読者にはおなじみであろう「酒田発アイドル育成プロジェクト」、通称「SHIP」である。
本書は、自ら「グリーン・ハウス」や酒田大火を経験した世代の一人である著者(日本大学教授)が、当事者の目線と社会学の視点から読み解いた、酒田の街の現代史である。個別かつ無関連に論じられがちなトピック(酒田大火、映画館、郊外化、商店街、アイドル)が、「メディア文化」を軸に相互に関連するひとつの物語、酒田の街に固有の物語としてまとめあげられている。個人化や共同体の解体が進行する地方にあって、人々の分散や分断をつなぎとめるために必要なのは、こうした地域や街に固有の物語=歴史ではないか。巷にあふれるまちづくりや地域振興をめぐる議論に欠けているのはこうした視点なのかもしれない。*1
 

*1:山形新聞』2007年2月11日 掲載