あなたが笑った

■居場所合同研修会より無事生還。半年ぶりの仲間たちとの再会。相方が「再会できたことそれ自体が何よりも嬉しい」と感動していたが、「人材の過剰消耗」問題ゆえ、前回会えた仲間ともう会えないことになっていたなんて状況にここ最近頻繁に遭遇していただけに、彼女の言葉(の裏)には凄まじい重みがある。この半年で誰も死なず潰れずに済んでいるということ=また会えたということの僥倖をまずはじっくりかみしめたい。そう思った。

■しかも今回は、それぞれの団体が半年前とは違った新たな何か――それが何なのかはまだうまく言語化・対象化できないけれども――を獲得しつつあるようで、それが率直に嬉しかった。そしてそれは、当然ながら、それじゃお前(たち)はどうなんだという刺激をももたらしてくれるわけで、これまで自分が組み立ててきた「居場所運営」のイメージに、いろんなレヴェルで、より良きものへ向けて、恐れることなく、大胆に修正を加えていこうと思いますた。

■研修会をまともにデザインしたのは、今回が初めてなうえに、その内容も思いつきと付け焼刃で「夏休み終了直前にはじめる自由研究」のようではあったのだけど、それでもそれなりにまとまりある研修プログラムになっていたような感覚はあり。それぞれの現場や実践に沈潜する言葉や行為のパタン(型)をあらためて振り返ることで、そこに統一的な概念枠組を与え、その中にそれらの語彙を位置づけする機会を提供するという今回のねらいは達成されていたように思う。

■これまでさんざん「言語化」云々を言い続けてきた自分自身に、実は全然「言語化」できていなかった領域が膨大に存在するということに気づけたことも、今回の収穫としては大きい。もちろんそれは、その媒介項になってくださったさまざまな個性/さまざまな立ち位置の人たちのおかげであるわけで、その点に関しても激しく感謝である。こういう仲間たちが自分の仲間でいてくれることが、とにかく率直に嬉しい。ありがとう。本当にありがとう。

■とはいえ、いくつかの指摘がぐさりと突き刺さらなかったわけでは決してない。考え直さなくてはならない部分は積極的にそうするつもりだが、他方で、ある種の事柄は、現在の立ち位置を選択した以上つらかろうがしんどかろうが覚悟して付き合い続けていかなくてはならない類の「痛み」でもあるわけで、あらためて「覚悟」を強化した次第である。いずれにせよ、自分の役割ははっきりと自覚できたわけだからとりあえずはそれでいい。

■とりあえず「跳ぶ」ことだけを考えて走り続けるのが自分の悪いクセだ。「着地」して現実の地平に舞い降りた新しい月の新しい週の新しい月曜日の朝。ずっと先送りしてきた「これから取り組むべきこと」の膨大さに直面して、軽く途方に暮れてみる。まずは交通整理をして、優先順位を決めなくちゃ。鬱にはならない。自分の中に芽吹きつつある懐かしく温かな渦巻きが、自分に力を与えてくれるだろう。