はじまりの「中間支援」。


居場所づくりの活動に関与するようになって3年がたった。当初はフリースペースなどと言っても「何それ?」と返されることが当たり前だったが、その頃から比べると、この3年間の変化は本当に信じがたいほど急速だ。かつて自分たちもその運営にも参画していたフリースペースSORA(現在はフリースクールSORA)をはじめ複数の居場所が山形市内でも設立され、行政サイドの支援者ネットワークづくりも始まった。「不登校」や「ひきこもり」に悩む人たちにとっての選択肢がそれだけ増えたということだ。いくらかでもその構築に関与してきた者としては、望外の喜びである。

もともと山形は、フリースペースなど学校外の居場所づくり活動ということに関しては、圧倒的な後進地域であった。これはお隣りの宮城や福島などと比較すると明らかで、自分の知る限り、2〜3年は優に遅れているのではないかと思う。当然山形では、その分だけ居場所づくりに関する社会的な試行錯誤の経験が乏しく、居場所づくりをめぐるノウハウや情報の蓄積も少ない。その少なさゆえに新規参入の敷居が高く、活動者の裾野がなかなか広がっていかない…というのが現状だろう。「後継者不足」の問題だ。これはスタートの遅さだけが問題なのではない。もっと根本的な問題が他に存在する。

私が思うに、「後継者不足」の根本要因とは、孤立しがちな個々の居場所づくり活動を側面から支援するような、中間支援のしくみの欠如にある。複数の居場所づくり活動に関与した経験から推測するに、スタッフはどこの団体でも、財政的にも精神的にもさほど余裕があるとは言えない条件のもとで活動しており、その余裕のなさから来る視野狭窄が、さらに彼(彼女)らからなけなしの余裕さえ奪っていく…という悪循環に陥りがちだ。ここには、二重の意味で孤立化が生じている。すなわち、①居場所内でのスタッフ相互の孤立化、②地域内での居場所相互の孤立化だ。そこをカヴァーするしくみが必要なのだ。

こうした孤立化を「気力や体力や頑張りで個別に乗り越えよ!」というのは危険である。いつ果てるとも知れぬ自らの動機づけだけを頼りに活動している私たちとしては、とにかくこの僥倖のような動機や欲望が途切れてしまわないように、無理をせずに継続していけるような長いタイムスパンと、自分たちだけで問題を抱え込まないような幅広い視野とで、活動を展望していく必要があると考える。たとえ一時の頑張りでうまくいったとしても、次の瞬間に力尽きてしまうなら、そんなものに価値はないからだ。あくまで私たちは、短期的な「完全性」よりも長期的な「持続可能性」をこそ重視したいと思う。

それぞれの居場所とそのスタッフが、こうした余裕――長期的な時間軸と幅広い視座――を保ちつつ活動できるような活動環境の整備、すなわち中間支援のしくみの構築は、残念ながら山形では未だ着手すらされていない。これは例えば、宮城県仙台市あたりの活動環境と比べると歴然としている(そこには活動者たちのネットワークが顕在化しているし、居場所情報専門のメディアも機能している)。全て同じように、とはいくまい。だが、スタッフをうまく動機づけ、新規参入者をうまく誘発し、居場所どうしをうまく繋いで余裕を生ぜしめるような、その中間支援のしくみに私たちが学ぶべきことは多い。孤立の果てに力尽きてしまわぬためにも、私たち自身の今後の具体的な課題としていきたい。*1

*1:『ぷらっとほーむ通信』010号(2004年02号)