戸室健作 『ドキュメント 請負労働180日』

ドキュメント 請負労働180日

ドキュメント 請負労働180日

部品として「使い捨て」にされる非正社員と酷使され「燃え尽き」てしまう正社員という二極化の構図のもと、苛酷さの度合いを増しつつある若年労働。とはいうものの、その職場の実態を丁寧に観察・記述し、その意味を解読するような本格的な試みにはこれまでお目にかかれずにきた。
日本型雇用の形が崩れ、正規/非正規の身分制が常態化した現在、そこにある職場のリアルとはどのようなものであるのか。この問いに初めて正面から取り組んだともいえる企業潜入ルポルタージュの労作が本書である。著者は、労使関係論を専門とする若き研究者(山形大学人文学部専任講師)。大学院生だった二〇〇二〜〇五年に、大手電機企業のケータイ組立工場や大手自動車企業の部品組立工場で従事した計一八〇日の請負労働(偽装請負)をめぐる記録と考察からなる。
同様の手法をとるルポルタージュの古典としては、トヨタ自動車期間工として働いた体験を綴った鎌田慧自動車絶望工場』(一九七三)や福島原発をはじめ複数の原子力発電所での被曝労働の実態を記した堀江邦夫『原発ジプシー』(一九七九)などが有名だが、本作はそうした系譜のゼロ年代版と位置づけることもできる。
 とはいうものの、本書には企業批判のニュアンスは乏しい。印象的なのは、どうしようもなく退屈だったり苦痛だったりする労働の環境を、他者とつながって承認や情報を調達しながら何とかサバイブしていこうとする若者たちの試行錯誤の姿である。彼(女)らは、ただ状況に流され誰かの助けを待つだけの弱者ではない。若年労働の問題を語るにあたり、私たちはつい、無力な存在として若者たちの像を描いてしまいがちだ。本書は、そうしたステレオタイプを慎重に避け、主体としての若者たちを説得的に描出する。
そう、彼(女)らには、所与の条件下で創意工夫を凝らす知恵があり、身近なところから社会を変えていこうとする意志がある。本書がさらりと示すこの事実は、若者問題に取り組む大人たちだけでなく、当の若者たちに対しても希望と力とをきっと与えてくれるだろう。*1

*1:山形新聞』2011年7月31日 掲載