『オクシタニア』

オクシタニア 下 (集英社文庫)

オクシタニア 下 (集英社文庫)

オクシタニア 上 (集英社文庫)

オクシタニア 上 (集英社文庫)

■読了文献。136−137冊目。佐藤賢一オクシタニア』上・下巻。舞台は一三世紀の南フランス、別名オクシタニア。中世ヨーロッパ封建社会にあって彼の地は、フランス王国の一部でありながら、温暖な気候と広大な沃野に恵まれ、絢爛たる都市文明を誇る実質上の「独立王国」であった。その随一の権門がトロサ(トゥールーズ)伯家。皇帝や国王より格下の称号ながら、その実力は最強とされ、「無冠の帝王」の異名で呼ばれていた。ところが、この「独立国家」オクシタニアは、一三世紀を境に、田舎者の北部騎士たちとそれを率いるフランス王家によって征服され、国内植民地としての役割を担わされるようになっていく。そのきっかけとなった出来事がアルビジョワ十字軍だ。十字軍とは、中世キリスト教会の最高権威たるローマ教皇の宣言のもと、君候や騎士が聖地回復を目的に異教徒征伐に向かう「正義の戦争」であり、相手はムスリムが相場だ。しかしこの十字軍はアルビジョワ派(カタリ派)というキリスト教異端を相手に発令されたもの。その教えは厳格な霊肉二元論であり、世界を善/悪、光/闇、清浄/汚濁などの二文法で捉え、後者を排し前者を目指そうというものだ。この潔癖さが、爛熟を極めた南部文明人たちの贖罪意識に受け、南部諸侯の保護下で隆盛を極めたのだった。ここにおいて、南の沃野を手にしたい北の王家と、正統信仰を南に打ちたてたいカトリック教会の利害が一致。同胞相手の十字軍が南部を襲うことになる。本書は、そうした困難の時代を、征服されるオクシタニアの人びと――トロサ名家の娘でカタリ派に入信するジラルダ、その夫で妻を取り戻すべくドミニコ会に入信、やがて冷酷な異端審問官となるエドモン、正統/異端の両者と通じつつ十字軍を迎え撃つトロサ伯ラモン七世など――を主人公に据えて描き出した群像劇である。後世の私たちは、つい「北」の視点で眺めてしまいがちだが、本作で著者(鶴岡市出身)は、同じ出来事の連なりを「南」の目線から描き出す。極東の地で似た境遇を経験した東北諸藩の怨念が、著者の視座には残響している。そんなふうに読むのは、穿ちすぎだろうか。