『こんな夜更けにバナナかよ』

こんな夜更けにバナナかよ

こんな夜更けにバナナかよ

■読了文献。60冊目。渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ:筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』。鹿野靖明(40歳)は、全身の筋力が徐々に衰えていく難病・筋ジストロフィーを患う重度身体障害者。現在は、両手の指をほんの少し動かせるだけの寝たきり生活を送る。呼吸すら自力ではできず、人工呼吸器を装着し定期的に痰の吸引を行わなければならない。とにかく、あらゆることに人の手を借りなければ生きていけないという状況にある。その鹿野は、雪深い札幌の住宅街に位置する福祉住宅の一室で、親元を離れての「自立生活」を送っている。タバコも吸えば、映画館や喫茶店にも出かける。恋愛や結婚、離婚の経験もあるという、鹿野の生活を、24時間、365日体制で支えているのが、主に20代前半のボランティアの若者たちだ。本書は、鹿野靖明とボランティアたちの、葛藤や苦悩、喜びや強度に満ちた「自立生活」の記録である。表題の言葉は、あるボランティアが、およそ遠慮というものを知らない鹿野という人間を、辟易しつつも受け容れる、そのきっかけとなった一言だ。重度障害者は大規模施設に収容し「保護」せよ。鹿野が「自立生活」を決意する以前、70年代当時の常識がそれであった。そこでは、身体障害者にとって生きる道はたった二つ。一生親の世話を受けて暮らすか、施設で暮らすか、である。鹿野の取り組みは、そのどちらをも拒否し、彼(女)らが求めたときに求めただけのケアを受けつつ、地域の住宅で「普通に暮らす」という「自立生活」実現をめざすもの。その淵源は70年代、戦闘的な「行動綱領」を掲げ「(障害をもつ子を殺害した母親に対する)減刑反対運動」「川崎バスジャック事件」などの告発闘争を展開してきた脳性マヒ者のグループ「青い芝の会」の思想と運動に突き当たる。障害者市民の「自立生活」のリアルと、それを成立させた当事者運動の歴史。二つのテーマを交錯させつつ、平易に、しかし分厚く描き出した本書は、障害者市民運動についての、最良の入門書となっている。