『僕の見た「大日本帝国」』

僕の見た「大日本帝国」

僕の見た「大日本帝国」

■読了文献。161冊目。西牟田靖『僕の見た「大日本帝国」』。サハリンの南半分、朝鮮半島、台湾、ミクロネシア(旧南洋群島)、そして中国東北部(旧満州)。これらは、明治の半ばから昭和20年の終戦前後にかけて「大日本帝国」の統治下または準統治下に置かれていた地域である。冬にマイナス40度以下も珍しくないという亜寒帯の荒野から、年中平均して30度近くという熱帯の島々にまで及ぶこの広大な領域を、2000年8月より丸4年の年月をかけて著者自身が旅した記録、それが本書である。20代をバックパッカーとして過ごし、50もの国々を訪れたという著者。旅の途中、何気なく渡ったサハリンの山中にて、彼は、何とも場違いな「ロシアの鳥居」と遭遇する。鳥居といえば、神道の祭祀施設である神社の一部であり、ロシア正教を奉ずる現地の人びとには無縁なもの。なのにそれが存在するのは、そこがかつて「大日本帝国」の領土であり、当時建てられたものが破壊されずに残ったためである。鳥居とともに、その土地に残され戦後を生きてきた日本語を話す人びととの出会いを経て、著者のなかに「過去の日本」のリアルを知りたいとの渇望が生まれる。かくして、戦後60年を経てなお各地に残る「大日本帝国」の統治の痕跡=「日本の足あと」――日本建築、日本語、日本精神、残された日本人など――をたどる著者の旅が始まった。一口に「大日本帝国」と言っても、その痕跡の形は極めて多様である。「足あと」の生き証人たちが数多く残るサハリン、日本統治を近代化と評価し「足あと」を保存する台湾、「足あと」の消去と保存との間で揺れる韓国、必死に消去を試みるも消しきれない北朝鮮、見せしめとして保存する中国、そして、現地の人びとにより戦後神社が再建されたミクロネシア。「侵略」の一言では到底片付けることのできない、複雑で多様な現実が、今なお「かつての日本」のあちこちに生き続けている。拙速な評価や判断の前に、まずは現実の多彩さを知ること。同じく「戦争を知らない世代」である著者に倣い、未知なる「日本」と出会う旅に、私たちもでかけよう。