『空の戦争史』

空の戦争史 (講談社現代新書)

空の戦争史 (講談社現代新書)

■読了文献。152冊目。田中利幸『空の戦争史』。著者は、広島市立大学広島平和研究所教授。研究所の設立趣旨と密接に連関する広島・長崎への原爆投下。そこには、「無差別殺戮」と「大量殺戮」という、近現代の戦争に共通する「人道に対する罪」が、最も極限的な形であらわれている。では、そうした「罪」はいかなる条件の下で可能となったか。この問いに答えるべく、本書は、20世紀前半の無差別爆撃による市民大量虐殺の歴史を概観。民間人を攻撃目標とする空爆が、どのような軍事的論理と倫理的正当化に基づいて開始され、どのような歴史的過程を経て強化・拡大され、そしてなぜ最終的に広島・長崎のジェノサイド(集団抹消行為)にまで至ったのかを明らかにしていく。もともと空爆は気球から始まったが、20世紀初めに飛行機が開発されると当初の牧歌的な風景は姿を消し、戦闘地域の大幅拡大と市民への無差別攻撃が本格化する。第一次世界大戦では、ドイツ軍によるパリ爆撃を皮切りに、連合軍によるドイツ領土への報復爆撃が続く。空爆の力に気づいたイギリスは、戦後も植民地の抵抗に対して無差別爆撃を継続。驚くべきことに、彼らはこれを「経済効率がよく、長期的に見れば人道的」と自画自賛した。また、第二次世界大戦下のヨーロッパでは、「戦略爆撃」――軍事目標だけを狙う「精密爆撃」と軍事標的が存在する地域全体を空爆する「地域爆撃」から成る――という名目で市民への空爆が大規模化した。一方、アジア太平洋地域で先陣を切ったのは日本軍であり、日中戦争において中国諸都市が大規模に空爆された。日本の敗色が濃くなると、今度は米軍が、日本の各都市に焼夷弾の雨を降らせた。ヒロシマナガサキは、その正確な延長線上にある。第二次世界大戦後も、空爆の歴史は終わらない。無差別大量虐殺を正当化する論理と倫理は今なお健在だ。とすれば、私たちにできることは、それらが生まれ、社会に根づいていった過程をつぶさにたどり、その嘘やインチキを暴くことだ。本書は、その作業に欠かせない一冊と言えるだろう。